2009年12月25日 (金)

人類発祥の地、オルドバイ渓谷とヌーの大移動

タンザニア北部

ジンジャントロプス・ボイセイが発掘されたオルドバイ渓谷  「人類は何処から来たのだろう?」
 この疑問の解答が、どうやら分かってきたらしい。

 人類の起源は、アフリカであるといわれていたが、数々の人類化石の発見や、我々の細胞に含まれるミトコンドリアDNAの分子遺伝学的研究でも明らかにされたように、人類発祥の地が、東アフリカがあることがほぼ確定されたようだ。

 東アフリカでも多くの場所で人類の化石が発掘されているが、交通の便が悪い場所が多く、観光で訪れることはかなり困難である。

 人類のルーツのひとつといわれる、ジンジャントロプス・ボイセイは約180万年前の化石として発見された。この化石の発掘地・オルドバイ渓谷はそんな中でも比較的行きやすい所にあり、サファリツアーの一環として訪れることが可能だ。

 タンザニアの首都のダルエスサラームから国内線で約50分、キリマンジェロ国際空港に降り立つ。空港よりサファリツアー基点のアリューシャへはリムジンバスで45分ほど。ここから北部タンザニアのサファリツアーがスタートする。

 北部タンザニアはアフリカ一の高峰キリマンジャロを抱く『キリマンジャロ国立公園』、ヌーの大移動で有名な『セレンゲティ国立公園』、クレーターの別天地『ンゴロンゴロ保全地域』、木登りライオンで有名な『マニヤラ湖国立公園』、さらに『アルーシャ国立公園』などを擁する東アフリカ有数の野生動物の宝庫である。ここに、ジンジャントロプス・ボイセイの発見の地オルドバイ渓谷が含まれている。

 この辺りにいくつも有る火山の一つ、ンゴロンゴロクレーターの山頂の縁を通るセレンゲティへの国道をサファリカーは進む。なだらかなンゴロンゴロ山麓をくだると見渡す限りの乾燥サバンナのセレンゲティ平原に出る。

 そのまま道を進み枯れ谷に出るが、その手前を右折し東に十数分進むと平原が突然切れ、目の前に数百メートル幅、深さ百メートルは有る大きな渓谷が現れる。これがオルドバイ渓谷だ。渓谷といっても雨期以外は水まったく流れておらず、乾燥した枯れ谷である。

 この渓谷の崖の下層部分で、1959年、ケニアに住むルイス・リーキ夫妻が発見した化石こそ、当時世界最古と言われた人類の化石、ジンジャントロプス・ボイセイである。

 この化石が見つかった層は、約180万年前、当時の東アフリカは森林が覆い、オルドバイ渓谷は滔々と水が流れていたと思われる。

サファリツアーのハイライト

移動中のヌーの群れ  こうした森と水の接点に人類の祖先が住み着いていたのは想像に難くない。今は化石の保護のため渓谷の下に降りることはできないが、それでもかつてご先祖様がこの辺りに生活したかと思うと感動ひとしおであった。

 渓谷の縁には博物館が建っておりここにジンジャントロプス・ボイセイ化石のレプリカと大人と子供3人の歩行跡化石のコピーや同じ地層から発見された石器などが展示されている。

 オルドバイ渓谷観光を終えたら元の道に戻り北上する。ランドマークとなっている岩丘の直下にセレンゲティ国立公園のゲートがある。このあたりから次第に緑が濃くなり草食動物が散見される草原地帯に入って行き、やがてセレンゲティ中心地セロネラに到着。

 セロネラも巨石の岩丘を中心にロッジや公園事務所が集まった所で、動物の種類も多く、いたるところでアフリカの代表的な哺乳類を見ることができる。

 『セレンゲティ国立公園』はヌーの大移動で有名。最盛期の9月のシーズンには数十万頭のヌーやシマウマなどが隣のケニアの『マサイ・マラ国立公園』からやってくる。

 両国立公園を流れるマラ川はせまいところでは高々20メートルほどしか無い川だが、雨期には滔々とした赤茶けた濁水が流れ、大移動の大きな障害となっている。私の訪れた9月末でもヌーは移動中で、河原はヌーやシマウマの死骸で埋められ付近は死臭がただよっていた。上空にはハゲワシが群舞し、死骸をついばんでいるものも多い。まさに生と死のドラマが繰り広げられている。

 今は気候変動で乾燥が続き、干上った土地になってしまっているオルドバイでも、かつてはおそらくこのような光景が繰り広げられていたのだろう。

データ

行き方 タンザニア、アルーシャより自動車をハイヤーするかオルドバイを含めたツアーに参加する。
宿泊は国立公園の各ロッジで、ツアーには宿泊料金も含まれる.日本からのパッケージツアーもあるにはあるが.現地でオルドバイを含んだンゴロンゴロとセレンゲティツアーに参加する方が確実。
セレンゲティのヌーの大移動をみたいのなら7~10月がよいだろう.

川田 秀文
「地球の歩き方」では「台湾」「台北」「モンゴル」をはじめ、「ロシア」「シルクロードと中央アジア」「東アフリカ」などを担当。中国留学の経験を生かした中国関連の執筆や講演を行う。著作は講談社発行「よーするに医学」シリーズ、旺文社発行「三国志 英雄の舞台」など。有限会社CPC代表。山梨大学非常勤講師。

2009年12月24日 (木)

2009年ユネスコ世界遺産に新登録 ドロミテ山塊で一番セレブでおしゃれな町へ

イタリア コルティナ・ダンペッツォ

リゾートホテルのお部屋からの眺め  2009年にイタリア北部のドロミテ山塊がユネスコ世界遺産に登録されたことは、すでにニュースなどでご存知の方も多いでしょうか?日本の方には、絶大な人気をもつ地域で、編集室にもご質問や投稿をよくいただいております。

 さて、ドロミテ山塊はイタリア北部の1/4程度を占める広大な地域。氷河を抱く3000m級の山々が連なり、その麓には針葉樹に包まれたエメラルド色に輝く湖や緑の牧草地が広がる。ドロミテ特有の垂直に切り立った岩肌が、太陽の傾きとともに赤やオレンジに色を変える姿はまさに圧巻。

 ドロミテは、かつてのイタリア王家のサヴォイア家やデンマーク王室などのセレブが愛した地である。現在でも、ミズリーナ湖には、サヴォイア家の建てたグランド・ホテルが小児病院と姿を変えて残り、町の公園には、ドロミテを愛した登山家、デンマーク国王の彫像が飾られている。

 そのドロミテの町の中でも、「ドロミテの真珠」、「黄金の盆地」と称されるコルティナ・ダンペッツォは、イタリアきっての高級山岳リゾートとして、世界中にその名を馳せている。

 山々を背景に坂道に広がる町並みはそれだけで一枚の絵葉書のよう。ホテルの窓辺には花々があふれ、石畳の通りにはおしゃれなショップが並ぶ。イタリアを代表するファッション・ブランドはもちろん、日本ではまだあまり目にしないセレブ御用達のスポーツブランドまで、その品ぞろえがすばらしい。エーデルワイスなどをモチーフにした、伝統的な銀線細工のアクセサリー、手刺繍の美しいリネン類など土地柄を感じさせる素朴なものも多く、ウインドーショッピングがとても楽しい。

お気に入りの過ごし方

街のすぐ側まで山が迫りくる  四方を山に囲まれているので、ホテルのベランダから眺める山の風景は格別。朝もやに煙る早朝、赤く照らされる夕暮れの山々、満点の星空。緑が芽吹く初夏、輝きの夏、錦秋の秋、雪化粧……。時間と季節により様々な顔を見せてくれる。

 お気に入りの本やCD(4つ星クラスのホテルの部屋には再生装置あり)を携え、のんびり滞在して、自分だけのすてきな時間を楽しもう!
 
 また、町の周囲には遊歩道がよく整備されているので、自然のなかを気ままに散策するのがいい。ロープウエイとリフトを乗り継げば、3000m級の山々へも簡単に到達できる。山小屋の広々としたテラスで雄大な山岳風景を眼前にしてランチやお茶をいただくのが楽しい。山小屋とはいえ、お料理は本格的なのがイタリア流。冬なら、近年の目玉はセラロンダスキーツアー。セラロンダ山塊の周囲を1日かけて周るツアーだ。ただし、1日100kmの滑走に自信のある人のみ。その際はスキーガイドをお忘れなく。(1日約6万円、10人までOK)

データ
ドロミテ
アクセス ドロミテの玄関口は、西はボルツァーノ、東はコルティナ・ダンペッツォ。コルティナ・ダンペッツォへは、ヴェネツィアからプルマン(長距離バス)で2時間15分~3時間30分。ハイシーズンは毎日1~2便程度、ローシーズンは週末のみの運行。コルティナ・ダンペッツォからは、ドロミテ各地へのプルマンが運行しているが、運行期間は夏季のみ。3000m級の山々へも、ロープウエイ、リフトなどでアクセスは容易だが、これも夏季とスキーシーズンのみ。1カ所に滞在するなら時期はさほど選ばないが、周遊したいなら6月中旬から8月いっぱいまでに。
旅のシーズン ドロミテ観光のベストシーズンも6月中旬~8月下旬。より詳しい情報は「イタリア」(2010~2011年版では特集ページが有ります)、「ミラノ、ヴェネツィアと湖水地方」をご覧下さい。

飯島 操
イタリア・ラツィオ州立料理人養成学校卒業。イタリア・ソムリエ協会会員、日本ソムリエ協会賛助会員。グルメ雑誌編集部勤務後、姉(飯島千鶴子)とともに、(株)レ・グラツィエ設立。留学時代にはイタリアをくまなく旅し、「イタリア」の執筆を初版から担当。姉が編集と写真、妹が執筆を担当し、現在に至る。
地球の歩き方「イタリア」「ミラノ、ヴェネツィアと湖水地方」「フィレンツェとトスカーナ」「ローマ」「南イタリアとマルタ」を担当。旅のグルメシリーズ「フランス」、「イタリア」、「ヨーロッパ」(いずれも品切れ)も取材、執筆。
冬の趣味はスキー。姉妹揃ってイタリア・スキーデビューを夢見る今日この頃。

2009年12月21日 (月)

近代都市×自然の楽園

シンガポール

シンガポールでは、こんな風景にも出会える   シンガポールと聞くと、誰しも思い描くのは、モダンなビルが建ち並ぶ都市の姿だろう。確かにスタイリッシュな建築物が多く、さまざまな人種が交錯する都市のシステムが整備された街である。そんなシンガポールに取材で訪れるうちに、都市のイメージとはまったく違う光景に出合うことがある。

 シンガポールは緑が多い。シンガポールの土台を築いたリー・クアンユー元首相が打ち出した「ガーデンシティ」構想が、実を結んだ姿といえる。

 あの有名なオーチャード・ロードにもこんもりとアンサナの大木が茂り、夕刻になると無数の鳥の鳴き声に包まれる。この通りのすぐ裏手の並木にはリスの姿が。さらにすごいのはオーチャードから車で約5分のところに63ヘクタールという広大な植物園が存在することだ。この「ボタニック・ガーデン」は今年で開園150周年を迎えた熱帯植物の宝庫。ガーデンシティの基地ともいえる場所で、ここで研究され育てられた植物がシンガポールの街造りに貢献している。蘭園やジンジャーガーデンをはじめ、ヤシやバナナの種類など、あらゆる熱帯植物がここには有り、植物マニアでなくても珍しい植物に感動しきり。園内のオープンカフェのすぐそばで、優に50cmを超えるオオトカゲに遭遇したこともある。

 さらに足を延ばして、マレーシアとの国境付近に行くと、シンガポールの原風景ともいえるマングローブの森がある。スンゲイ・ブロウの自然公園には、密生するマングローブの湿地帯が形成する生態系が温存されている。目の前はビルが並ぶマレーシアのジョホール・バル。でもここは、動植物の聖域なのである。瑠璃色や琥珀色の鳥が空を舞い、サギの種類が羽を休め、カワウソも生息するという。

 「ここもシンガポール?!」と大いに驚いたのは、ウビン島を訪ねたときのこと。

 東部の埠頭から小船で約10分の所にある島だが、開発とは無縁の密林が広がっている。ひとりで歩いていると、孤島にでも迷い込んだ気分だ。海辺には近年自然公園が整備され、サイクリング目的で訪れる人々もいる。

 都市観光に加えて、手軽に熱帯の自然体験、これこそプレミアムなシンガポールである。生い茂る木々の中を歩くと不思議と元気になるのは、緑のパワーの恩恵かもしれない。

お気に入りの過ごし方

このチーターたちに会いにいくのが私の定番行事  自然つながりでいくと、シンガポール動物園は何度行っても飽きない場所だ。檻や柵のない園内で、動物たちはみな生き生きとしていて、その姿に心も体も和んでいく。

 生息地と同様の環境のなかで、その動物本来の生態や行動が観察できるよう工夫されており、動物界に人がおじゃましているかのよう。絶滅に瀕した珍しい種類のサルたちが目の前の樹木に姿を現したり、餌を食べる様子を間近で見られたりとサプライズもいっぱい。そしてさまざまな動物と触れ合えるのが、いちばんの醍醐味だ。

 数年前、「チーター・エンカウンター」という企画に参加したことがある。生後1年2ヵ月のチーターの飼育エリアに入るという期間限定の体験イベントだ。エリア内に入ると、兄弟チーターは飼育員が地面を這わせる枝やホウキに、走り回ってじゃれあっている。その遊びは「ネコ」そのものだが、迫力が違う。すさまじい動きで周辺の物を蹴散らし、砂煙が上がる。遊びが落ち着いたところで、「さあ、触ってみろ」と言われても体が動かない。恐る恐る汗ばんだ手でなでたチーターの毛並みは思ったより硬かった。

 その時感じた親近感で、それ以来、毎年動物園を訪ねて、成長したチーター君を見ることが私のシンガポール訪問時の定番行事となっている。

データ
シンガポール

アクセス 成田、関空、名古屋、福岡から直行便がある。成田からは6~7時間。
歩き方 電車のMRT(Mass Rapid Transit)が4路線あるほか、複数のバス会社がシンガポール全土をくまなく網羅している。慣れない場所へはタクシーが便利。
旅のシーズン シンガポールは熱帯モンスーン気候に属し、年中高温多湿。雨季と乾季に分かれている。観光のベストシーズンは、気温は高いが雨の少ない4~9月。ただし、この期間でも数時間雨が降るスコールには見舞われる。

鈴木 由美子
地球の歩き方では「シンガポール」「香港」「マカオ」を担当。シンガポールではローカルフードを食べ歩くのが楽しみ。インド発のスナック「ロティ・プラタ」にはまっている。有限会社アジアランド代表。

2009年12月15日 (火)

スーパースターも愛した山あいのリゾート地

韓国 茂朱(ムジュ)

あのマイケル・ジャクソンも浸かった?金のバスタブ  韓国のリゾートといえば、この時期ならまずスキー場。韓国のスキー場といえば国際大会の舞台として、またドラマ『冬のソナタ』のロケ地として知られる江原道の龍平(ヨンピョン)スキー場を思い浮かべる人も多いはず。龍平スキー場と並んで、全羅北道の茂朱リゾートも有名だ。ここは、ドラマ『夏の香り』のロケ地にもなっている。

 茂朱はソウルからバスで約4時間弱。徳裕(トギュ)山系の豊かな自然の中にある静かな山あいのリゾート地だ。冬は韓国でもトップクラスの長いスロープが自慢のスキー場を求めて集まる人々で賑わう。

 茂朱はヨーロピアンスタイルのリゾートだ。特にオーストリア側のチロル地方から全ての素材を運び込んで建てられたというチロルホテルはウッディで、決して「西洋風」ではない本物の建築やインテリア。家具に控えめに施された手描きの花のペイントがとても好ましい。いかにも女性好みのようだが、先日惜しまれつつ亡くなったスーパースター、マイケル・ジャクソンもこのホテルを大変気に入って滞在していたことから、そのグレードが伺えるはずだ。マイケルが泊まった、暖炉と金のバスタブがゴージャスなスイートルームのリビングには、ホテルのオーナーと共に写った彼の写真が飾られている。

 スキー場にはゴンドラが完備されているので、スキーができなくても雪景色をたっぷり楽しむことができる。高齢の両親とともに訪れても家族で楽しめるのを売りにしているのは儒教の国、韓国らしい。

 このゴンドラはスキーシーズン以外も運行しており、雪のない時季にはゴンドラを降りてから徒歩20分ほどかけて徳裕山系の最高峰である標高1614mの香積峰(ヒャンジョンボン)頂上まで行くこともできる。この山はかつて王が儀式を行った、また、大勢の僧侶が修行していた霊山でもある。頂上は、天気が良い日は遥か遠くまで見渡せる絶景ポイントとなり、人々はこぞって登る。

お気に入りの過ごし方

ベッドサイドの落書きとイラストは大切に保存されている  まずはチロルホテルでの滞在と、ホテル所有のアンティーク鑑賞。マイケルが滞在したスイートルームがあるフロアの廊下には、パンチュール・ペイザンヌ(農民の絵という意味のフォークアート)を施したアンティークの箪笥や椅子がさり気なく置かれている。フロントにもオーストリア政府から贈られたという、これも年代物のかわいらしい天蓋付きベッドが飾られており、フォークアート好きにはたまらない空間だ。古びた感じに描いた手描きの大理石模様や寄木細工に見せかけたペイントなど見ると、そのテクニックに思わずにんまりしてしまう。

 自然もまた魅力的だ。徳裕山をゴンドラで登り、さらなる絶景を求めて香積峰の頂上へ。生物相が豊かで、日本では絶滅したカワウソが生息し、夏にはホタルでも有名な茂朱は、霊山に抱かれた清浄な環境だ。高く登るほど、厳しい姿で立ち枯れたイチイの木が力強い姿を見せる。

 山のきれいな空気と景色を堪能した後でホテル周辺のブティックを覗きつつ散策すれば、ストリート・ミュージシャンの歌や演奏が異国感を高めてくれる。清浄な気に包まれた茂朱。一度訪れれば、スーパースターをも心からくつろがせた心地よさが、きっとわかってもらえるに違いない。マイケルが滞在した部屋には、ベッドサイドのデスクに“KOREA is GOD and Muju is live.”と書かれた落書きが、イラストとともに大切に保存されている。

データ
茂朱(韓国)
アクセス ソウルの南部ターミナルから高速バスで茂朱市外バスターミナル所要約3時間。茂朱リゾートへは茂朱市外バスターミナルからシャトルバスが運行されている(日に6本、所要約45分)。
旅のシーズン 冬季スキーリゾートのメッカだが、春は花、夏は緑、秋は紅葉と、四季おりおりの自然景観と香積峰からの絶景が楽しめる。スキーのオフシーズンはホテル代が割引となりお得。周辺地域(全羅北道)には季節ごとに美しさを見せる見どころやおいしいものがたくさんある。バスの本数が限られているため、じっくり楽しむためには最低でも1泊するのをおすすめしたい。

百田 昌代
「地球の歩き方」では、アジアエリアの「中国」「北京・天津」「韓国」「ソウル」など10書籍を担当する編集プロダクション オフィス カラムス所属。
料理研究家、スパイスコーディネーター協会認定スパイスコーディネーターマスター。日本畜産物副生物研究会会員。企画・制作・コンサルなどを行なうPlanning Studio グザイ主宰。

2009年12月 7日 (月)

のぼる朝日に不思議なパワーをもらえそう-ここは神様にもっとも近い場所-

エジプト シナイ山

聖地シナイ山の頂上にはたくさんの巡礼者が集まる  少し前のブログで、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラという巡礼路を40日間かけて800km歩いたという記事がのっていた。ガイドブックの取材では、一度に訪れるポイントがあまりにも多いので、ともすれば「スタンプラリー」のような旅になりがち。その土地の文化を知るうえで歩くという方法にまさるものはなく、「うらやましいなあ、行きたいなあ」と思っていたら、もうひとつの・・巡礼を思い出した。

 それは「モーセの十戒」で知られる山。モーセはイスラエルの民を率いてエジプトから「約束の地」を目指す。途中の山で神から十戒を授かるが、その山がエジプトのシナイ山だといわれている。

 「十戒」というと海が突然割れて道ができ、彼らが渡り終えると再び海となり、追手のファラオ率いるエジプト軍が溺れていく・・・という映画のシーンを覚えている人もいるかもしれない。ヨーロッパでは「大河ドラマ」のように、何度も映画やドラマになっている有名な場面だが、モーセが十戒を授かる話はもちろん、このエピソードもちゃんと聖書に記されている。

 だからこそこの地は「聖地」としてたくさんの巡礼者を集めているのだ。もともとはユダヤの話だし、モーセを預言者として尊んでいるイスラームにもゆかりの地だ。しかしなんといっても、いちばん多いのはキリスト教徒。世界中から、シナイ山にやってくる。

 巡礼登山は深夜に始まる。麓にポツンとたたずむ修道院のまわりはまだ真っ暗だ。空には無数の星がまたたくが、墨をなすりつけたような黒い山肌に明かりは届かない。だが、眼をこらすと小さな明かりが列をなして揺れている。巡礼者のかざす懐中電灯の光だ。その光を追うように、一歩一歩前にすすんでいく。シナイ半島という砂漠地帯にある岩山には草木はほとんどない。ガレ場のような道をひたすら登っていく。標高が上がるにつれ気温は下がり、明け方近くには、歯の根も合わなくなるほど寒くなり、手先はかじかみ、足取りがどんどん重くなってくる。

 そんな道のりでホッとさせてくれるのは茶屋。あたたかくて甘いシャーイ(紅茶)が、胃の腑に収まると勇気と元気がわいてくる。茶屋で一緒になった巡礼者どうし励ましあいながら、また歩みをすすめていく。

 最後の階段はおよそ800段。ラクダ道を使いここまでラクダの背に揺られてきた老婦人も、急峻な徒歩ルートを歩いてきた青年も、この合流地点からは老若男女みな自分の足で登らなくてはいけない。標高2285m、頂上はもうすぐだ。

聖地での御来光、時が止まったかのような静寂のなか、どこからか聞こえる讃美歌の声が  頂上では先に到着した人が、毛布にくるまりながらご来光を待っていた。あとから来た巡礼者も、岩の上に腰をおろし、明るくなり始めた空を見つめる。紫にたなびく雲、山の端から空がオレンジに変わり、やがて太陽が顔を出す。時が止まったかのような静寂があたりを支配する一瞬・・・と、どこからか聞こえる讃美歌の声・・・。なんとも荘厳で不思議な空間がそこに出現した。

お気に入りの過ごし方

 余韻にひたって、のんびりしていたいところだが、残念ながらそうはいかない。周囲はどんどん明るくなり、ゴツゴツとしたシナイ山の岩肌があらわになる頃から、気温がグングン上がり始める。だから帰りは転がるように下山するのが正解。昼になれば、体感気温は50度にもなってしまう。シナイ山はそんな過酷なところだが、御来光を挟んでの頂上での至福の30分は何事にも変え難いひとときだ。
 
データ
シナイ山登山は夜出てご来光を見て戻ってくるのが一般的だが、日中の登山も可能。ただし、登山にあたっては、必ずガイドを雇わなくてはならない。個人で登ろうという人は、修道院の門にあるチェックポイントで、ツーリストポリスにガイドの手配を頼むこと。ガイドは各グループにひとりいればよく、85エジプト・ポンドかかる。
紅海リゾート地であるシャルム・イッシェーフ、ダハブなどから夜に出発し、翌昼に戻るツアーが催行されている。シナイ山の最寄りの村はセント・カトリーナ。世界遺産であり巡礼地ということで宿泊施設は多いが、カイロ、スエズ、ダハブなど他の町からのバスが1日1便数しかなく、しかも不定期に運休することがある。

大和田 聡子
「地球の歩き方」では「エジプト」をはじめ「イスタンブールとトルコの大地」「イスラエル」など中近東方面と「イギリス」「クロアチア/スロヴェニア」などヨーロッパ方面を担当。有限会社どんぐり・はうす代表http://dongurihouse.com/

2009年12月 3日 (木)

ディスカバー・ジャパン in U.S.A.

アメリカ合衆国 ワシントンDC

ナショナルギャラリーでは世界のお宝アートがいっぱい  20年以上もアメリカを歩いていると、同じ国でも地域によって、かなり気質に差があることがわかる。西海岸の人は明るく、フレンドリー、南部の人はおっとり、親切、東部の人は多忙で、ちょっと冷静、真ん中あたりは保守的だけど温かく、正直者が多い。もちろん、人によって異なるものの、私には概してそんな印象だ。

 このように、てんでんバラバラなアメリカ人たちが「一生に一度は行かなくては」と心に刻む、メッカのような場所がある。それが、首都「ワシントン」だ。

 ワシントンというと「政治の町」のイメージが強いが、彼らの目的はそれだけではない。「スミソニアン」を見にやってくるのである。

 ご存じの方も多いと思うが、スミソニアン協会は世界最大の博物館群といわれ、先頃ヒットした映画『ナイトミュージアム2』の舞台にもなったほどだ。スミソニアンには、アメリカのみならず、世界中、いや地球上のさまざまなオタカラが所蔵されている。その数約1億3700万!。さらに、スミソニアンのスゴイところは、世界最大級の博物館や美術館であるにもかかわらず、すべてが入場無料!。博物館・美術館フリークにとっては、拝みたくなるようなところなのだ。

 また、うれしいことにスミソニアンの博物館たちは、ほとんどが歩ける範囲にある。だから、世界初の動力飛行に成功したライト兄弟の飛行機や零戦を見たあと、アメリカ・インディアン博物館で北西部インディアンのサーモン料理に舌鼓を打ち、ナショナルギャラリー(ナショナルギャラリーはスミソニアンに属していない)で、レオナルド・ダ・ビンチやまるで画集のような印象派の絵を堪能、そしてお隣の自然史博物館では世界最大のブルーダイヤに大きなため息をつき、アメリカ歴史博物館で大統領のミニフィルムに爆笑する……なんてこともできてしまう。

 博物館&美術館のハシゴがいとも簡単に、しかも無料で楽しめてしまうのがスミソニアンであり、ワシントンなのである。そんなわけで夏休み中のスミソニアン、いやワシントンは、まるでテーマパークのようなにぎわいとなる。それこそ、アメリカのいたるところから学校のグループや家族連れが訪れるのだ。

お気に入りの過ごし方

広島に原爆を投下したエノラ・ゲイとともに展示されている旧日本軍の戦闘機  私にとって、スミソニアンのあるワシントンは、「日本」という国について新たに学び、そして何度も再認識させてくれる町でもある。

 今は縮小されてしまったが、アメリカ歴史博物館には第2次世界大戦時の「日系人抑留」のコーナーがあり、強制収容所(英語では“Camp”)のつらい実態を知った。また、アーリントン墓地のジョン・F・ケネディを参拝するにあたっては、ケネディの尊敬する日本人が「上杉鷹山」であったことを知った。海兵隊のメモリアルである硫黄島記念碑では、米軍の予想を大きく覆した日本人の抗戦ぶりを学んだ。

 衝撃的に印象に残ったのは、航空宇宙博物館の別館で遭遇した日本の戦闘機たち。晴嵐、紫電改、そして特攻機「桜花」……。これらは、広島に原爆を投下したエノラ・ゲイとともに展示されている。

 晴嵐や紫電改が教えてくれたのは、資源小国という逆境にも屈せず、他を凌駕した日本の技術力の高さ。そして、その技術力が戦後日本の高度経済成長を支えたこと。また、それとは逆に「桜花」の簡素な造りには、日本軍首脳たちの悲しい思わくが見えたようで、 ある意味、ショックを受けた。写真や映像では決して感じ取ることのできない、本物だけが、時空を超えて私に訴えかけてきたようだった。戦闘機の数々は、平和の尊さについても、静かに教えてくれた。
 
 ほかにも、近代世界史がわかるニュース専門の博物館、日本の国宝級の美術品を公開するギャラリー、ちょんまげ姿の日本人が泊まったホテルなど、日本に関するポイントだけでも、枚挙にいとまがない。ワシントンを訪れるたびになにかが発見できて、それが私の好奇心を刺激する。ホワイトハウスの主も代わり、次は何に遭遇できるのか、また楽しみになってきた。

データ
ワシントン特別行政区 Washington, District of Columbia (アメリカ)
アクセス アメリカ東部に位置し、ニューヨークの南西約360km。成田から全日空、ユナイテッド航空のノンストップ便が就航。所要約12時間。
旅のシーズン 春から秋
詳細は、地球の歩き方「ワシントンDC」をご覧ください。

山本 玲子
地球の歩き方では「ワシントンDC」「シカゴ」、「大リーグ観戦ガイド」(品切れ)を担当。有限会社地球堂代表。全米大リーグの30球場を訪れるのが現在の目標。ワシントンの球場の「4人の大統領の徒競走」とボルチモアの「クラブケーキ・サンドイッチ」が大のお気に入り。また、大リーグの球場で日本語でやじるのが趣味。

2009年11月30日 (月)

シェムリアップで食べる地鶏「モアン・アーン」

カンボジア シェムリアップ

シュムリアップに来たら是非食べてほしい地鶏、お刺身はお薦めしないが…  カンボジア、シェムリアップ。言わずと知れた世界遺産のアンコール・ワットがある町だ。長年続いた内戦が終結した今、カンボジア、特にシェムリアップは観光地化が加速度を増して進み、町じゅうにホテルやレストラン、みやげ物店が溢れている。

 訪れる外国人観光客の数も年々増え続け、「近い将来、アンコール遺跡観光のキャパシティを越えるのでは?」と危惧されているほどだ。私もそのスピードに取り残されないよう、年に2度、3度と当地を訪れてはいるものの、毎度毎度、町の様相や法律、人々の意識の変化には驚かされる。

 しかし、そんな変化の激しい観光地にも変らないものもある。そのひとつが鶏肉の味だ。「カンボジアの牛肉は筋が多い、豚肉は肉質が硬い、魚は泥臭い」と言われるなか、誰もが手放しで褒めちぎるのが鶏肉のおいしさだ。

 カンボジアの鶏は、抗生物質を食べさせられ、窓無しの小屋で大量生産されるブロイラーとは大違い。大地を走り回って自力でエサを啄ばんで生き抜いてきた、ガッツある、まさに“地鶏”だ。その味わいはコクがあり、風味も野趣に富んでいる。一般的に放し飼いにされた地鶏は肉質が硬めで肉付きが少ないと言われており、確かにカンボジアの地鶏も若干肉付きが少ないものの、その分、締りがあり、歯応えもいい。

 初めて地鶏を食べる人にも「この鶏肉は香りも味も濃い! これが地鶏か……」と、その違いがわかるほど。特に地元民に有名な鶏の専門店になると、調理直前に絞める店もある。そんな店の鶏肉は鮮度もよく、食べ慣れたツウなら「刺身で……」と思う人もいるかもしれない(衛生上、絶対におすすめできないが)。つまりはそれほどにおいしいのだ。
 
 さて、話をシェムリアップに戻そう。

 そんな鶏肉をおいしく食べさせてくれるポピュラーな場所が、シェムリアップ市中から北西へ約10km行った西バライにある。バライとは灌漑用に造られた貯水湖のことで、ここは11世紀に造られた東西約8km、南北約2kmという、人造とは思えない大きさの貯水湖だ。湖畔は地元民がピクニックを楽しむ場所としても有名で、日曜日には近郊の村々から家族連れがやってきて、ちょっとした賑わいを見せている。湖ではボート遊びや水遊び用の海の家ならぬ湖の家も建ち、みやげ物店も並んでいる。その中に茶屋風の涼み小屋も数軒あり、この涼み小屋で地鶏を焼いて食べさせてくれるのだ。

 各小屋の前では鶏が炭火で焼かれ、周辺には香ばしい匂いの煙が立ちこめている。もちろん地元民にはよく知られた焼き鶏だが、その存在を知らずに西バライを訪れた外国人観光客も焼き鶏の香りに誘われてふらりと近寄ってくる。

 焼き鶏はカンボジア語で「モアン・アーン」と呼ばれている。絞めた後、羽をむしり内臓を取ったら、日本のように各部位に切り分けないで、そのまま開きのようにして竹串に挟み、大胆に焼く。見慣れないうちはグロテスクにも見えるが、炭の強めの遠火でじっくりと焼き上げられた不揃いな焦げ具合、何度も塗られた甘辛いタレと染み出た脂が混ざり合った絶妙なテカリは、なんとも食欲を刺激する。

 「モアン・アーン」を注文すれば、切り分けられることなく焼かれたままの状態でデデ~ンと皿に載せられ運ばれて来る。地元のカンボジア人たちは塩や唐辛子などを付けて香草と一緒に食べているが、すでにタレに味が付いているためそのまま食べても充分においしい。ビールで乾杯した後は素手で肉を割き、指に絡まるタレを舐めながら食べ尽くそう。

私のお気に入りの過ごし方

この不揃いな焦げ具合とテカリが食欲とビールを誘います!  「モアン・アーン」に舌鼓を打ち、ビールで酔っ払ったら小屋の奥に吊るされたハンモックでひと寝入り、というのがこの小屋での正しい過ごし方だ。風で揺らぐヤシやバナナの葉……、遠くで聞こえる子供たちのはしゃぐ声……、かすかに頬をなでる優しい風……。暑い暑い午後のひととき、観光地化が進むシェムリアップの喧噪を忘れてハンモックに揺られていると、ふと、十数年前、初めてカンボジアを訪れた頃ののんびりとした時代を思い出す。

 洗練され便利になったカンボジアもいいが、電気もエアコンも音楽も水道もない、あるのはおいしい「モアン・アーン」とゆったりとした時間。そんな瞬間を楽しめる自分が好きだ。

 ちなみにここでは、焼き鶏(モアン・アーン)のほかに、焼きナマズ(トレイ・オンダイ・アーン)、焼きライギョ(トレイ・ロッ・アーン)、焼きガエル(コンカェップ・クルゥン・アーン)、竹筒に入ったおこわ(ノム・クロォラー)などもあり、どれも野趣あふれるダイナミックな味わいだ。食べ比べてみるのも一興だろう。

データ
カンボジア、シェムリアップ
アクセス 日本からカンボジアへの直行便はない。時間や便数などを考慮するとバンコク経由が一般的。日本~バンコクは所要6~7時間、バンコク~シェムリアップは所要約1時間。シェムリアップ市中から西バライまでは車、トゥクトゥク(50~100ccのバイクに2~4人用の座席を取り付けたもの)、バイクタクシー(50~100ccのバイクの後部座席に客を乗せて走る物)などで所要約20分。
記載の店に行くには、トゥクトゥク、バイクタクシーのドライバーには、英語で西バライを意味する「ウエスト・バラーイ」もしくは、クメール語で「バラーイ・カーン・レィット」と言えば通じる。ただし東バライもあるため必ず「西」を意味する「ウエスト」か「カーン・レィット」と言うこと。「モアン・アーン」は半羽で2万~3万リエル(440~680円)、涼み小屋でのハンモック利用は、食事をすれば無料。
旅のシーズン カンボジアは熱帯モンスーン気候に属し、大きく乾季と雨季に分けられる。旅行のベストシーズンは乾季の11~5月で、なかでも11~1月が雨も少なく、比較的過ごしやすい。まさにこれからのシーズがお薦め。

服部達哉
海外旅行は宗教建造物・展示物の見学と、おいしい物を食べることが目的。地球の歩き方では「アンコールワットとカンボジア」「ベトナム」を担当。アジアランド所属。

2009年11月24日 (火)

歩く世界遺産、キリスト教の聖地へ

スペイン サンティアゴ・デ・コンポステーラ

様々な国籍の人が巡礼に訪れる、同じ目的を持つもの同士、打ち解けるのも早い  スペイン北部に「カミノ・デ・サンティアゴ」と呼ばれる一本の道がある。聖ヤコブの遺骸が眠るキリスト教3大聖地のひとつ、サンティアゴ・デ・コンポステーラをめざす巡礼路で、世界遺産にも登録されている。

 私がこの道を知ったのは20数年前。中世から続くこの巡礼路を、現在も歩いて旅する人々がいると聞き、興味をもったのがきっかけだった。その後『地球の歩き方スペイン』の編集に携わるようになり、何度かサンティアゴの町を訪れたり、またレンタカーで巡礼路を駆け足で巡ったりしているうちに、「いつかこの道を自分の足で歩きたい」と思うようになっていった。

 そして今年の夏、ついに念願かなって、重さ6kgのリュックを背負いスペインへと旅立った。

 スタート地点は、巡礼の起点のひとつであるピレネー山麓の村、サン・ジャン・ピエ・ド・ポー。ここからサンティアゴまで約800kmの道のりだ。ちなみに、サンティアゴまで100km以上歩くと、巡礼証明書を発行してもらえる。どこから出発してもよく、フランスの自宅から歩き始めたという人もいれば、サンティアゴの手前約100kmのサリアという町からスタートする人もいる。また夏休みなどを利用し、何年もかけて少しずつ歩いている人も多い。

 歩く距離は、だいたい1日20km。バスや列車だとわずか30分ほどの道のりを、5時間ほどかけて進む。巡礼の魅力は、スペインの雄大な自然を肌で感じられること、そして何といっても巡礼中に多くの仲間ができることだろう。

 アルベルゲと呼ばれる巡礼宿に泊まりながら巡礼を続けていると、そのうち顔見知りができて、一緒にご飯を食べたりメールアドレスを交換したり。国籍はスペイン、フランス、イタリア、ドイツ、アメリカ、ブラジル、オーストラリア、韓国、日本などさまざまだが、巡礼という同じ目的をもつ者同士、すぐに親しくなれる。

 サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着したのは、スタートからちょうど40日目のことだった。巡礼の最終目的地であるカテドラル(大聖堂)の前で記念撮影。何度も訪れているが、800kmを歩いてきた後ではやはり感慨深いものがある。

 サンティアゴの町に何日か滞在していると、巡礼仲間に再会することも多い。互いに抱き合って、無事到着できたことを喜び合う。しかしそのうち1人、また1人と、それぞれの国や生活へと戻っていく。苦しく楽しい巡礼の時間を共有した彼らとも、おそらく二度と会うことはないだろう。旅は一期一会だとつくづく思う。

お気に入りの過ごし方
巡礼のGOALとなるカテドラル  サンティアゴ滞在中に幾度となく訪れるのが、カテドラルのあるオブラドイロ広場。ここに来れば、今まさにサンティアゴに到着して抱き合って喜ぶ巡礼者や、広場に座り込んで感慨にふける巡礼者たちに出会うことができる。

 正面入口からカテドラルの中に入ると、栄光の門と呼ばれる石のアーチがある。カテドラルに到着した巡礼者はまず、聖ヤコブの像が中央に座すアーチの柱に手と頭を押しあてて祈りを捧げる。十世紀以上にもわたるその繰り返しが、大理石の柱をすり減らし、指の跡が5つのくぼみとなって残っている。そのくぼみに手をあてると、巡礼者ならずとも感動がわきあがってくるだろう。

 カテドラルでは、毎日12:00から「巡礼者のミサ」が行われる。誰でも参加できるので、一度は足を運んでみたい。運がよければ、天井からロープで吊られた大香炉を振り回す「ボタフメイロの儀式」を見ることができる。もともとは長旅を終えた巡礼者たちの悪臭を清めるために始まったといわれ、2010年の「ヤコブの大祭年」には毎日行われる予定だ。

 サンティアゴのあるガリシア地方は、海の幸がおいしいことでも知られる。夜になると旧市街のバル街に繰り出して、食べ歩きや飲み歩きをするのも楽しい。なかでもぜひ試してほしいのが、プルポ・ガジェーゴ(タコのガリシア風)。柔らかく茹でたタコをぶつ切りにしたものに、オリーブオイルとパプリカ、岩塩を振りかけたもので、ガリシア地方特産の白ワイン、リベイロと一緒に食べるとよりいっそうおいしい。

データ
サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン
アクセス マドリッドから列車で所要7〜9時間(1日2便)、バスで7時間45分〜10時間15分(1日4〜5便)。またマドリッドやバルセロナのほか、スペインやヨーロッパの主要都市から飛行機も運航している。
旅のシーズン 1年を通して温暖な雨の多い海洋性気候で、四季折々それぞれのよさがある。巡礼者が多いのは4~9月。

中田 瑞穂
地球の歩き方では「スペイン」「マドリッド トレドとスペイン中部」「バルセロナ マヨルカ島とスペイン東部」「ポルトガル」「ネパール」を担当。有限会社シエスタ代表。今回の巡礼ですっかり「歩く旅」にはまり、次回はサンティアゴ巡礼路と姉妹道である「熊野古道」の旅を計画中。

2009年11月17日 (火)

運河沿いの古民家ホテルに滞在

中国 蘇州一歩裏道に行くと、川の流れ同様ゆっくりと時間が流れている

 街の縦横が運河に囲まれた蘇州は、東洋のベニスとも呼ばれ、水の都ならではの池や川を活かした江南庭園をもち、そのうち8つが世界文化遺産に登録されている。中国随一ともいわれる名園の拙政園や、庭園のおよそ半分を占める太湖石が配された獅子林など、富豪たちが競い合うように造った庭園には、富の象徴でもある立派な太湖石や楼閣、楼窓が配され、それぞれどこから見ても美しく映るように造り込まれている。花の咲く時期は鮮やかに、夏には深い緑色がまぶしくすがすがしい。日本庭園とも西洋庭園とも異なる趣が惹かれるひとつなのだろうと個人的に思っている。緑や水辺など自然に囲まれていると、なんとも心地よい気持ちになるのだ。

 蘇州の中心地にはレストランやショップが軒を連ねる観前街という通りがあり、観光拠点ともなっている。このにぎやかな場所は観光に訪れたら一度は立ち寄ることになる場所でもある。外城河には遊覧船もあり、水郷の街を体感できるひとつにもなっているので、のんびり船に揺られるのもいいだろう。

 このように蘇州は観光のハイライトともなっている庭園が多く残る地であるが、近年は外城河に囲まれた町の中心地の外側、東部と西部は近年開発が進み商業区として発展している。このエリアにはオフィスやショッピングセンター、高層ビルやマンションなどが密集し、これからの蘇州が垣間見られる場所でもある。

 また地下鉄の工事も盛んに行われ、現在バスが中心となっている市内だが、地下鉄が開通すれば交通の便もよくなりもっと移動が楽になるはず。近年中には上海までつながる予定になっているので、ますます便利になり気軽に旅ができる手段となるだろう。

お気に入りの過ごし方
是非泊まってみて

 「落ち着くなぁ」
 車がひしめき合う大通りから路地を1本入ると南北に通るローカル情緒たっぷりの平江路という通りがある。

 この通りには明・清代に建てられた建築物を改築した宿や、茶館といったどこか懐かしい雰囲気の建物と、店名が英字で書かれたカフェやギャラリーなど新しい雰囲気をもった建物とが混在している。

 またこの通りには、民家も並び、川で洗濯をしたり昔ながらの水汲み場があったりと、ここに住む人々の生活を垣間見ることもできる。

 川の流れ同様、この通りではゆっくりと時間が流れている。

 そしてせっかくここに来たなら、古民家や古い建物を改築してオープンした宿に宿泊するのがおすすめ。

 黒瓦に白壁の建物の入口は一見宿とはわからない民家のような造りになっており、館内の天井も昔ながらの造りが残る。家具などにも骨董品が配され、おしゃれでありながらもどこかホッとするような、タイムスリップした感覚にもなれる古建築の宿。だからといって水周りなどの設備は最新で快適に過ごせるのがうれしい。こういうホテルで過ごしながら、平江路を散策するのが私の蘇州での楽しみのひとつである。

蘇州を訪れたなら、庭園をはじめとした観光名所もさることながら是非訪れてほしい。

開発が進み古民家は高層ビルに変わりゆく蘇州ではあるが、こういった古い街並みは近代化されすぎずに残されてほしいと思うものである。

データ
上海(中国)
アクセス 蘇州市内はバス、タクシーの利用が便利。平江路はバス「相門」下車すぐ。
旅のシーズン 秋と春がベストシーズン。
詳細は、地球の歩き方「上海 杭州・蘇州・水郷古墳」をご覧ください。

長崎 浩子
地球の歩き方」では「上海 杭州・蘇州・水郷古墳」のほか「MOOK上海の歩き方」「MOOK台湾の歩き方」を担当。株式会社トラベル・キッチン(>http://www.travelkitchen.co.jp)に所属。長年フローリストとして働いていたため植物に関しての関心度が高く、フラワートラベルを提唱。また、現在湘南に住み海辺での生活を謳歌している。

2009年11月10日 (火)

生命のエネルギーに包まれる海

太平洋の島々 パラオ

この景色と「ツカレナオース」が最高!!  「ハラサン、キョウモ、ツカレナオース?」

 ローカルのボートキャプテンが満面に笑みを浮かべ、片言の日本語で叫んでいる。パラオのランドマークともいえるロック・アイランドでの撮影を終え、ホテルのあるコロール島へ帰還するボート上でのひとこまだ。時間は南洋の強烈な日差しがやや和らいできた午後4時ごろ。

 “ツカレナオース”は直訳すれば「疲れ直す」で、意味は「ビールを飲む」ということ。仕事のあと、一杯のビールが疲れを癒してくれるというやや強引な三段論法的フレーズだ。

 ボートキャプテンへの返事は当然のように“オブコース!”。

 パラオでは、日本語が根付いてパラオ語となった言葉をよく耳にする。それは太平洋戦争中に日本が占領統治していた時代背景を感じさせてくれるレトロな響きが多く、例えば“デンキバシラ”は「電信柱」、“サルマタ”は「パンツ」、“チチバンド”は「ブラジャー」といった具合。現地のお年寄りはビックリするほどきれいな日本語で話しかけてくれ、その言い回しの懐かしさに感動するほどである。

 もちろん“ツカレナオース”は、日本人相手の観光ビジネスのなかで定着した新しいパラオ語だが、ちょっと笑えるフレーズなので、慣れない土地での緊張感がほぐれていくようだ。

 同じようなパラオ語で“ダイジョウブ”“モンダイナイ”がある。文字通りの意味なのだが、の~んびりした南の島ゆえに、まったく「大丈夫」じゃなくて「問題だらけ」というケースも多い。例えば取材スケジュールが予定より大幅に遅れていたり、企画通りに事が運ばなくても、ローカルの連中は“ダイジョーーブ!”“モンダイナイ!”とニコニコしている。まあ、それもパラオなのだ。

 パラオは日本から約3000km、地図上では四国の真南・フィリピンの真東といった位置関係にある。南北約640kmにわたって散在する600近い島々で構成されていて、もちろん海洋性熱帯気候。高温多湿のトロピカルアイランドである。

 冒頭に出てきたロック・アイランドは、南北約50kmのインリーフ(環礁)に散らばる大小200あまりの無人島の総称。火山活動によって押し上げられた隆起サンゴがベースとなっていて、地質は脆い石灰岩を多く含んでいるため、浸食によって島の根元は上部より細く削り取られている。その様は、まるでターコイズブルーの海に生えたグリーンのマッシュルームのようだ。

 このロック・アイランドに代表される複雑な地形は、海洋生物たちのサンクチュアリだ。入り組んだ内湾や入り江、汽水域、マングローブ地帯、一気に深海へかけ落ちるドロップオフ…。バラエティに富んだ自然条件と、外洋の荒波を寄せつけない環礁は、海の生き物にとって「ゆりかご」のようなものだろう。そこにはタイマイに代表される大型ウミガメをはじめ、ジュゴンやイリエワニといった絶滅危惧種たちが息を潜めている。

 また「魚類の発祥海域」ともいわれるセレベス海(フィリピン南部ミンダナオ島、インドネシアのカリマンタン島に囲まれた海)に近いこともあり、魚たちにいたっては700種類以上が確認されている。一説によれば、サンゴは2,000種類以上が生息するそうだ。

お気に入りの過ごし方

生命のエネルギーあふれるパラオの海でのダイビングは最高!!、スノーケリングも侮る事なかれ  こんな環境だから、パラオでのダイビングがおもしろくないはずがないし、ダイバーにとってパラオが憧れの地であるのもうなずける。とはいえ、取材で訪れる際はスキューバダイビングを楽しんでいる時間的余裕はないので、スノーケリングでお茶を濁すことになる。でも、それで十分なのだ。

 海面から下を覗くだけで、見事なエダサンゴやカラフルなスズメダイの群れ、悠々と泳ぐサメやナポレオンフィッシュ、海底に鎮座する巨大シャコガイなどが観察できてしまう。2mも潜れば、海底の穴に潜んでいるハゼと共生エビのペアや、とぼけた顔のカエルウオにも挨拶できるだろう。

 豊饒なるパラオの海は、生き物たちの気配で満たされている……。海に身を置いているだけで心身が元気になってしまうのは、そこにあふれる生命たちのエネルギーに包まれるからかもしれない。

 海面に戻って、ひと息つく。日差しがまばゆくて、肌がジリジリと焼けていくのがわかる。ほかの海より塩分濃度が高いんじゃないかと思うほど、海水がしょっぱくてノドが渇く。

 どうやら今宵も「ツカレナオース」で決まりのようだ。

データ
パラオ(パラオ共和国)
アクセス 日本からの直行便はなく(ただし季節ごとのチャーター便あり)、グアム経由となる。日本の9都市からグアムへの直行便があり所要フライト時間は約3時間半、グアムからパラオへは同じく約1時間。
歩き方 国際空港や首都があるのはパラオ最大の島・バベルダオブ島だが、主要ホテルやレストラン、ダイブショップ、ツアー会社が集まるのはコロール島、アラカベサン島、マラカル島の3島。観光客用の路線バスが運行しているほか、無料送迎を行っているレストランも多い。
旅のシーズン 一般には1年を乾季(11月~4月)・雨季(5月~10月)に分けるが、必ずしも明確ではない。ダイビングのベストシーズンとされるのは1~4月とされる。

原 邦則
「地球の歩き方」では、ガイドブックでは太平洋エリアの「ハワイⅠ」「ハワイⅡ」「サイパン、ロタ & テニアン」「グアム」、リゾートシリーズでは「リゾート マウイ島」」、「リゾート カウアイ島」「リゾート ハワイ島」「リゾート オアフ島」をはじめとしたハワイ関連全てと「リゾート パラオ」などリゾート地を多く担当する編集プロダクション、有限会社オフィス・オハナのエディトリアル・ディレクター。